火野葦平の詩碑
 火野葦平詩碑
「泥によごれし背嚢に さす一輪の菊の香や」
さりげなく背嚢に一輪の菊の花を挿して黙々と歩を進める兵士の姿にピントを合わせて、戦場の兵士の孤独と戦いの虚しさを詠っていると思われる。これはやはり詩句のすべてを刻むべきであった。
原詩では、この後に、「異国の道を行く兵の、眼にしむ空の青の色」とつづく。
若松区 高塔山公園内
高塔山展望台から少し下りた所
  昭和35年7月建立。
 火野葦平
明治四十年、北九州市若松生まれ。大正十二年、早大第一高等学校に入学、文学活動を始めた。昭和十二年、日中戦争勃発とともに応召。同年春、応召前に発表した『糞尿譚』により芥川賞を受賞。その後、兵隊シリーズを次々に執筆する。戦後も『赤道祭』、『花と竜』などの長編小説を発表したが、昭和三十五年に自宅の書斎で自殺。『革命前後』(昭和三十四年、芸術院賞)が絶筆となった。本名、玉井勝則 。